2013年8月28日水曜日

15. マンホールな人



「僕のこと、知っているかい?」
 とのっぽのお兄さんの旅人が聞いてきた。
「いいえ」
 とリルは正直に首を横に振った。
「僕は、こう見えて、マンホールな人なんだ。どういうことかというとね、道路にマンホールってのがあるだろ。つまり、あれなわけさ」
 風の主は少し驚いた声で「それにしてはやせたかたですね」と言った。
「まあ、僕は、仕事としてマンホールをやっているわけじゃないから、そこのところは少し普通と違うかもしれないな」
 と彼は前髪を指先で横に流した。

「僕のことは、よく勘違いされてしまうのだけど、フタと思って話をしてくる人がいるよね。フタは『マンホールのフタ』であって、僕はその穴の方なのさ」
「人が入るから、マンホール?」
「リルちゃん、頭いいね。そうなんだ。人が入るからマンホール。ただ、僕はそのことを取りたてて自慢したいわけでもないんだ。だって、人が入ってくるっていったって、そんなことはよくあることだしね」
「ねえねえ、せっかくいらしたのだから、何か面白い話、聞かせてくれません?」
「期待されても、困るなぁ。だって、地面の下というのは、とても正直な世界だからね。上の世界のように、ウソや、偽善がはびこることはない。もちろん、上の世界のエゴは、こちらにも影響をもたらすよ。でも、そんなことは、僕たちには、どうでもいいことなのさ」
「でも、面白い話がないんじゃあ、つまんないな」
「そうだね、まあ、そこは同意するよ」
「同意するんかいー!」
「ていうか、正直なことっていうのは、面白くはない、って、そんなかんじかな」
「じゃあ、正直じゃないことが、面白いってこと?」
「そう、じゃない?」
「さあ。風の主さんはどう思う?」
「私はおもに空にいるけど、これはこれで面白いことも多いんだ」
 するとマンホールの人は苦笑した。
「空は、自由だからね。僕たちとは、違うのさ」
「じゃあ、マンホールの人も自己改革が必要なのよ」
 とリルが提案した。
「はあ?」
「たとえば、地下にいるネズミさんとキスして、チューって言うの」
 マンホールの人は笑って「いやはや、そんなことは考えたこともなかったな」と言った。
「ゴキブリさんとストレッチしたら、間接がゴキゴキって鳴るの」
「リルちゃん、そんなのはタダの言葉の遊びじゃないか」
「だとしても、遊びって大切よ。ていうか、私に言わせれば、すべては遊びから始まるの」
「ふふふ。遊びか。それもいいかもね」と彼は笑みを浮かべて、前髪を丘の風になびかせて、歩き去った。

 マンホールの人がいなくなった丘には、空を巡る風が、いつも通り吹いていた。
 リルは、風の主に質問した。
「ねえ、風の主さんにとって、空の面白さ、ってなに?」
「リルにとっての、風の丘の面白さ、ってなに?」
 リルは腕を組んでむくれた。
「反撃してくるかな」
「だって、こうやって反撃するのが、面白さだから」
「なんじゃ、そりゃー」


0 件のコメント:

コメントを投稿