【連作短篇小説】 風の主と暮らす小さなリル、二人はいつも仲良しだ。 旅人がやって来れば、できる限りのもてなしをして、 外の話を聞かせてもらう。 ところで風の丘にやって来る旅人は、いつもちょっとヘンだ・・・
2013年8月24日土曜日
3. 風の旅人さん
「私は、風だ」
と太い声が響いた。
「はあ?」
リルは空をみあげた。
「強い風だ。おまえら、みんな、吹き飛ばす」
脅すような声は、地鳴りのように響き渡ったけれど、丘の風はいたっておだやかで、いつもと変わりはなかった。
「あなたは、どこの風の主さん?」
「どこかなんて、関係ない。私は、どこのものでもない。私は、破壊する」
リルは首をかしげて、いつもの風の主にむかって言った。
「あんなこと言ってるよ。どうなの?」
「いろんな風の主がいるからね。彼は、少し、あせっているんだ。しばらくすれば、僕みたいに仲良くなれるよ」
「しばらくって、どのくらい?」
「三日くらいかな」
「わかった」
三日たつと、そこには一人の風の旅人がいた。
「あらあら、風の主さんではなく、風の旅人さんだったのね」
「モンクあるかよ」
人の姿になっても、攻撃的な性格はそのままだった。
リルはお茶を用意して、彼に差し出した。
「どうぞ、お飲みください」
「こんな茶の一杯くらいで、友好的になったりしないぞ」
「あなたは、あなたのままでオッケー。ここには、いろんな人が来るよ。攻撃的な人がいらっしゃるのも、私には、お楽しみ」
風の旅人は飲みかけた茶をプッとふきだした。
「お楽しみ、ってなんだ? なめてると、すごいことするぞ」
「なめてない、なめてない」
と、リルは両手を振って否定した。
「なら、いい」
「それにしても、あなたが風の人って、なぜ?」
「そんなことを知って、どうする?」
「どうもしないけど、お話を聞かせてもらうの、私、いつも楽しみにしてるから」
「ふんっ」
と彼は横を向いて、目を閉じた。
「おまえ、人の悲しみってやつを知っているか?」
「少しは、知ってるかも」
「少しでは、話にならん。とてつもない悲しみだ。いいか、それを回想すると、涙が出てくるんだ。ほら、みろ、出てきているだろ」
確かに彼の目から、涙があふれて頬をつたい落ちた。
「そうか」とリルは手を打った。「悲しみが本物だと、風を使えるようになるんだね。ねね、風の主さん、あなたも悲しい?」
丘の風の主は、そっと苦笑して答えた。
「わからないよ。いろいろあったけど、ま、昔のことだから」
「あなたは、彼の気持ちがわかる?」
「わかるような気もするけれど、正確には、それは彼の問題だから」
「そうね」
リルは頷いて「よくわからんけど、なんか、いい話だぁ」とつぶやいた。
「では、このへんで」
と風の人は、再び強い風をまとった。
「つ、強すぎるー」
とリルは飛ばされそうになって、苦情を申し述べた。
「僕はもう行く。君は飛ばされないだろう」
「そういう問題じゃないー! てか、仮定形かよー!」
家の縁にしがみついて飛ばされないようにあがなっているリルに、風の主がおだやかに言葉をかけた。
「リルは、飛ばされないさ。私がいるから、大丈夫」
「ほんと?」
「手を放してごらん」
強い風がリルの髪をくしゃくしゃにしているのはそのままだったけれど、手で支えなくても身体が飛ばされそうになることは、もうなかった。
同じ風。
しかし、風の主は、風の主。
リルは、リル。
風の丘は、風の丘。
強い風も、柔らかい光も、今日はあまり大きな変化はしなかった。
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