2013年8月26日月曜日

14. 門番の人



 屈強な男が現れた。
「ども」
 その男らしい挨拶を、リルもまねて「ども」と片手を上げた。
「私は門番をしておる」
「門番の人、なのですか?」
「うむ。門の出入りをつかさどる仕事だ」
「それはそれは、おつかれさまでござる。で、今日は、お休み?」
「うむ。まあ、長い仕事に一区切りついたので、少し息抜きにきた」
「それはわざわざありがとうございます。お茶、する?」
「いいな」
「でも、うちでお茶をするには、あなたはちょっと大きすぎね。外でもいい?」
「もちろんだ」

 家にある最大サイズのスーブ皿にお茶をたっぷりそそいで、「どうぞ」とリルは大男に渡した。
「ねね、門番の人って、普段、お茶とかどうするの?」
「お茶?」
「ノド乾いたときとか、食事とか、トイレとか」
「目の届く範囲ですます」
「え?」
「こう、見えるところから、目を離さないようにして」
 と大男は目を細めて遠くを観察する仕草をした。
「じゃあ、睡眠は?」
「門のまん中で寝る。そうすれば誰かが通ろうとすればすぐにわかる」
「へー、やっぱ、大変なお仕事ね」
「ねえ、門番の人」と風の主。「さきほど、長い仕事に一区切りついた、とおっしゃっていましたね?」
「ああ、そのことを説明しよう。なかなか面白い話なのだ」
「ぜひぜひ」
 とリルが目を輝かせた。

「私の門に、あるとき、一人の若者がやってきた。だから言ってやったのだ。『私は門番だ』と。そして胸をはって、威嚇(いかく)した。若者が困る様子が手に取るようにわかった。彼は何か大きな目的のために旅をしてきたようだが、門を前にして道を閉ざされたわけだ。かわいそうだと思うかい?」
「そうね。悪い人じゃないなら、通してあげたらいいんじゃない?」
「悪い人じゃないことは、私にだって見ただけでわかった。だから、私は否定しなかった。ただ『私は門番だ』と宣言して、待ったのだ。すると若者は、知恵を絞り始めた。この屈強な巨人を、どうやり過ごすのか、とな。彼はいろいろ話しかけてきた。私は職務上、彼と親しくなることは出来ないので、相づちを打つようなことはなく、ただ若者をにらみ、語りたいだけ語らせておいた。彼は困ったようだった。何を話しかけても、私が反応せず、立ち続けていたからだ。でも、私はすでに心に決めていた。この若者が通るなら、そのまま通してやろう、と」
「ええっと、つまり、あなたの言葉の『私は門番だぁ』にびびって、若者は通ろうとしなかったけど、本当は通ってもよかったのね?」
「まあ、そういうことになる。そんなやりとりが、何年も続いた。私はただ『私は門番だ』と宣言して、立ち続けた。若者は知恵を巡らし、私の態度を変えようとし続けた。結局、若者が老い、死の瞬間まで続いた。若者がついに、死ぬまぎわなるとに、私は言ってやった。『では、門を閉めることにする。おまえのために開けておいた門だが、もう通る力はないようだから』と」

「ねえねえ、それっておかしくない?」
 とリルが立ち上がって首をかしげた。
「ん?」
「『私は門番だ』だけじゃなく、最初から『おまえのための門だ、通っていいぞ』って言ってあげればよかったんじゃない?」
「いや、それは言ってはいけないことだ。自分で気がつくのが、門を通る者の正しいあり方だ」
「それは決まっていることなの?」
「まあ、特に決まっているわけでもないが、門というものは、そういうものだからな」
「そーかなー。だって、その門は、その人が通るためにあったんでしょ? だったら、教えてあげればよかったじゃん」
 門番の人は、最初は「クックッ」と、やがて「がはは」と、大声で笑い始めた。
「なるほど。それを言えなかったこと、それが私にとっての『門』だったというわけか。確かに、私は門番だ」

 大きな門番の人が去ると、リルは風の主に聞いた。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「なんだい」
「どうして、門って、あるんだろうね」
「ない方がいいと思う?」
「門番の人の仕事がなくなると、あの人は困るかもしれないけど、でも、本当は門なんか、いらないと思わない?」
「まあ、リルには、必要ないかもね」
「あ、それ、バカにしてる? オコチャマには必要ないと?」
 両腕を上げてぷんぷんしているリルに、風の主はおだやかに言った。
「そうでもないさ。ないならない方がいいと、私も思うから」
「でも、実際、あるんだよね」
「そうだよ」
「う〜ん、私には、わからん」



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