屈強な男が現れた。
「ども」
その男らしい挨拶を、リルもまねて「ども」と片手を上げた。
「私は門番をしておる」
「門番の人、なのですか?」
「うむ。門の出入りをつかさどる仕事だ」
「それはそれは、おつかれさまでござる。で、今日は、お休み?」
「うむ。まあ、長い仕事に一区切りついたので、少し息抜きにきた」
「それはわざわざありがとうございます。お茶、する?」
「いいな」
「でも、うちでお茶をするには、あなたはちょっと大きすぎね。外でもいい?」
「もちろんだ」
家にある最大サイズのスーブ皿にお茶をたっぷりそそいで、「どうぞ」とリルは大男に渡した。
「ねね、門番の人って、普段、お茶とかどうするの?」
「お茶?」
「ノド乾いたときとか、食事とか、トイレとか」
「目の届く範囲ですます」
「え?」
「こう、見えるところから、目を離さないようにして」
と大男は目を細めて遠くを観察する仕草をした。
「じゃあ、睡眠は?」
「門のまん中で寝る。そうすれば誰かが通ろうとすればすぐにわかる」
「へー、やっぱ、大変なお仕事ね」
「ねえ、門番の人」と風の主。「さきほど、長い仕事に一区切りついた、とおっしゃっていましたね?」
「ああ、そのことを説明しよう。なかなか面白い話なのだ」
「ぜひぜひ」
とリルが目を輝かせた。
「私の門に、あるとき、一人の若者がやってきた。だから言ってやったのだ。『私は門番だ』と。そして胸をはって、威嚇(いかく)した。若者が困る様子が手に取るようにわかった。彼は何か大きな目的のために旅をしてきたようだが、門を前にして道を閉ざされたわけだ。かわいそうだと思うかい?」
「そうね。悪い人じゃないなら、通してあげたらいいんじゃない?」
「悪い人じゃないことは、私にだって見ただけでわかった。だから、私は否定しなかった。ただ『私は門番だ』と宣言して、待ったのだ。すると若者は、知恵を絞り始めた。この屈強な巨人を、どうやり過ごすのか、とな。彼はいろいろ話しかけてきた。私は職務上、彼と親しくなることは出来ないので、相づちを打つようなことはなく、ただ若者をにらみ、語りたいだけ語らせておいた。彼は困ったようだった。何を話しかけても、私が反応せず、立ち続けていたからだ。でも、私はすでに心に決めていた。この若者が通るなら、そのまま通してやろう、と」
「ええっと、つまり、あなたの言葉の『私は門番だぁ』にびびって、若者は通ろうとしなかったけど、本当は通ってもよかったのね?」
「まあ、そういうことになる。そんなやりとりが、何年も続いた。私はただ『私は門番だ』と宣言して、立ち続けた。若者は知恵を巡らし、私の態度を変えようとし続けた。結局、若者が老い、死の瞬間まで続いた。若者がついに、死ぬまぎわなるとに、私は言ってやった。『では、門を閉めることにする。おまえのために開けておいた門だが、もう通る力はないようだから』と」
「ねえねえ、それっておかしくない?」
とリルが立ち上がって首をかしげた。
「ん?」
「『私は門番だ』だけじゃなく、最初から『おまえのための門だ、通っていいぞ』って言ってあげればよかったんじゃない?」
「いや、それは言ってはいけないことだ。自分で気がつくのが、門を通る者の正しいあり方だ」
「それは決まっていることなの?」
「まあ、特に決まっているわけでもないが、門というものは、そういうものだからな」
「そーかなー。だって、その門は、その人が通るためにあったんでしょ? だったら、教えてあげればよかったじゃん」
門番の人は、最初は「クックッ」と、やがて「がはは」と、大声で笑い始めた。
「なるほど。それを言えなかったこと、それが私にとっての『門』だったというわけか。確かに、私は門番だ」
大きな門番の人が去ると、リルは風の主に聞いた。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「なんだい」
「どうして、門って、あるんだろうね」
「ない方がいいと思う?」
「門番の人の仕事がなくなると、あの人は困るかもしれないけど、でも、本当は門なんか、いらないと思わない?」
「まあ、リルには、必要ないかもね」
「あ、それ、バカにしてる? オコチャマには必要ないと?」
両腕を上げてぷんぷんしているリルに、風の主はおだやかに言った。
「そうでもないさ。ないならない方がいいと、私も思うから」
「でも、実際、あるんだよね」
「そうだよ」
「う〜ん、私には、わからん」
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