2013年8月25日日曜日

13. 山田さん



 埼玉で主婦をなさっている山田さんという人がいらっしゃった。
「こんにちは、リルちゃん。はじめまして、風の主さん」
「は、はあ……」
 まるですっかり予定されていたかのように現れたおばさんのていねいな挨拶に、リルは少々とまどった。
「話は聞いていましたけど、ここは、本当にいいところですわね。お庭はお花がきれいだし」
「あ、ありがとうございます……」
「あのね、今日はちょっと、お話、させていただこうかなって思って来てしまったの。いきなりごめんなさいね。お邪魔だったかしら?」
 やっとリルはいつもの笑みを浮かべて「そ、そんなことないです、どうぞ」と家に招いた。
「私は埼玉の山田といいます。いつも話が長くなっちゃう方だから、なるべくそういうことがないように気をつけているんだけど、ついつい時間を忘れてお話に夢中になっちゃう悪い癖があって。だから、先に言っておこうと思うの。もし、お邪魔だったら、どうぞ遠慮なくそうおっしゃってね。私もお二人のお邪魔をしないようにしたいの。それは本当にそういう気持ちで、というか決意を秘めて、今日は訪問させてもらっているのですから。ね。なんて、ちょっとおおげさかしら?」
「……」
「……」
 リルと風の主は、戸惑い気味になってしまって。

「私ね、ふと思ったの」
「何を思ったんですか?」
「座ってテレビでも見なさい、って」
「はあ?」
「座ってテレビでも見なさい、とか、座ってテレビでも見ましょうとか、そういえば、私はずっとそんなこと、言い続けてきたな、って」
「立って見た方がいいの?」
 山田さんは微笑んで「ちがうのよ、リルちゃん。立って見るわけじゃないんだけど、とにかく、座ってみましょうって、私はよく言ったの、息子たちに。でね、みんなでテレビの前に座って番組を見ると、安らかな気持ちになるの。お二人は、テレビは?」
「ないです」と風の主が正直に答えた。「うちは、テレビやラジオは、最初からなくて、すみません」
「いえいえ、いいのよ。うちも最近は息子たちが『テレビなんか見ない』って、ゼンゼンいっしょに見てくれないし。ただね、そうなってしまったからかしら、『座ってテレビ見ましょう』と私が言うと、二人の息子がちょっとバカっぽい顔で、それでも私の薦めるとおりテレビの画面を見続ける、そういうことが、人としていいことか悪いことかはわかりません。まあ、あまりほめられたことじゃないかもしれないのだけど、でもね、なんだかすごく、幸せな気分だっなー、って、今さらだけど思ったりするの」
「テレビって、ヒーリング系?」
「あら、リルちゃん、難しい言葉を知っているのね」
「ま、いろんな人と話をするので、言葉だけは、いろいろ」
「テレビは、ときにはそういう番組もないわけじゃないけど、たいがいは有名人が楽しく語り合ったり、役者さんがドラマを演じていたり、そういう番組なの。もちろん、作っている人たちは大変な努力をなさっているのだろうけれど、見る側の私たちとしては、気楽なものよ。コマーシャルも多いし。でも、何となく、みんながね。テレビを、信じているの。画面の中の人たちだけじゃないわ。考えてもみて。世の中には、テレビそのものを作ったり、テレビを売ったり、そういうお金で生活して、つまりテレビとの関わりが人生という方も、いっぱいいらっしゃるはずよ。そういうたくさんの想いが、一度に全部ってことじゃないけど、広く浅く、画面の中につまっているの。音もそう。音楽も。だから私たちも埼玉の片隅で、テレビを見ていると、安心できるのね。不安から逃れられるの」
「なんだかテレビって、すごいね〜」
「でもね、リルちゃん、それは、だいたい、過去の話なの。ごめんね」
「いやいや、べつに、謝らなくても」
「私の人生って、幸せだったと言えるのかしら。リルちゃんはどう思う?」
 リルは首をかしげて「幸せって、なに?」と聞いた。
「幸せとは、『座ってテレビ見ましょう』と私が言うと、二人の息子がちゃんと座ってテレビを見てくれること」
「だったら、私にはわからないよ。だってここには『テレビ』も『息子』も、ないもん」
「そ、そうね。余計なこと、聞いちゃったかしらね、ごめんなさい」
「でも」と風の主がふわふわと包みこむように言った。「何かに一生懸命な人は、誰もが、幸せそうに見えます」
「そう?」
「山田さんは、よいお母さんだったのだと思いますよ」
「うんうん。山田さん」とリルも言葉を添えた。「自信を持って」
「ありがとう、リルちゃん。ここにはテレビがないのに、テレビの話ばっかりしちゃってごめんなさい。勘違いしないでほしいのだけれど、私だって何時間もテレビばっかり見ているのがいいといいたいわけではないのよ。ないならないにこしたことはないのかもしれないけれど、私たちの家族には、それはあるものだったのだから、しかたがないわよね。ありがとうね。私も、自信、もってみるわ。それはそれとして、今度来るときは、ちゃんとここにあることの話、用意してくるわ。その方がいいわよね?」
「おまちしてます〜」


「いやぁ、よくしゃべる人だったね」
 と、山田さんが去ったあと、風の主がほっくりとつぶやいた。
「なんか、ずるい、と思ったよ、私」
「なにが?」
「私幸せかしら、って聞かれて、幸せそうに見えますよ、ってまとめちゃったでしょ」
「うん」
「そこのところが」
「でも、だいたいそういうものだよ。きっと、テレビというのも、そんな感じだよ」
「まとめちゃうの?」
「不安をなくするのが、お仕事だからね」
「じゃあ、やっぱりうちは、テレビなしでいいや」
「ていうか、風の丘は、ここ自体、テレビみたいなものかもしれない」
「そう?」
「リルは、テレビになりたい?」
「う〜ん、まあ、なってもいいよ。でも、べつになりたくはない」
「そうだね、私もさ」



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