2013年8月25日日曜日

8. 秋の人



「風の丘というのは、ここですか?」
 スーツケースを手に持ったビジネスマン風の男性が、草原で昼寝をしていたリルに声をかけた。
「あ? は、はあ……」
「私は、片づけに来たものです。ご注文の物は、どちらに?」
「いや、きーてないし。風の主さーん、なにか頼んだ?」
「いや、私も別に頼んだおぼえはないよ」
「……だってさ」
 リルが肩をすくめると、男は苦笑して「たぶん、別の方からの注文でしょう」と言った。
「いやいや、別の人なんて、ここにはいないし。私と、風の主さん、二人だけだし。新キャラとか、考えてないし」
「とりあえず、少し、中を見させてもらってよろしいですか?」
「見るくらいはいいし、いずれにしてもここでは誰も魔法とか使えないし、どうぞご自由に。本当は、お茶でも入れておもてなししたいとこだけど、私、良い夢を見ていたの。もう少し続きを見たいので、眠らせていただきます。じゃ」

 ビジネスマン風の男性は、本当は秋の人だった。
 リルの家の前の、白木のテーブルにスーツケースを載せて、中を開くと、秋の香りが広がった。

「あなたのようなお仕事は、季節ごとにいらっしゃるのですか?」
 と風の主さんの声がふんわりと響いた。
「さあ、私は末端の者で、組織のことはよく知りません。口止めされているとか、そういうことではなく、本当に私は、秋を担当しているだけなのです」
「秋は、好きですか?」
「私にとって、これはいわば、レクイエムなのです。夏が終わり、たくさんの命が閉じる。でも、その命は、草も、虫けらも、みんな、せいいっばい生きた者たちです」
「なるほど。季節の移り変わりというものは、おもしろいものだ」
「さあ、あなたの風で、この『終わりの香り』を、世界に広げてください」
「いや、そんなことしなくても、世界に秋はやってきますよ」
「え?」
「誰だって、永遠に夏のままでは、いられないものですから」
「悲しい現実ですな」
「でも、美しい現実でもあると思いますよ」
「ははは、さすが、風の主さんは、おっしゃることが豪快です」
「秋の人……素敵なお仕事ですね」
「おや、なにか、心当たりでも?」
「秋の山道で、どこにたどり着くというわけでもないのですが、そのイメージを思い出すと、なぜか昔好きだった女性を思い出しましてね。完全な片思いでしたが」
「風の主も、片思いを?」
「まあ、おはずかしながら」
「いえいえ、謙遜なさるな。それはとても秋に似つかわしい」
「私もそう思います」
「秋は、つまり、美しいのです」
「たしかに」


「えっと、なんだっけ?」
 と目を覚ましたリルが、目をこすりながら、あわてて二人の会話に参加して来た。
「なになに? なんの話?」
「もう、終わりましたから」
 と、秋の人は、スーツケースを閉じて、手に持った。
「え? なにが? なにしたの? 私、はぶんちょ?」

 新しく広がった、たくさんの死がキラキラとした粒子となって香る秋の空の下。
 風の主は、リルに優しく言った。
「それより、良い夢だったんだろ。聞かせてくれないかな、ねえ、どんな夢だったの?」
「聞きたい?」
「ああ、長くてもいいから、ゆっくり聞かせてもらおうか」
「あのね、私がね、片思いされちったはなし。でも、私、どうこたえたらいいかわからないから、ずっと片思いのまま」
「おやおや」
「バカみたいね」
「でも、そういうのって、美しいんだ」
「美しいの?」
「そう、美しいんだよ」
 リルは、キラキラの秋の空気を吸って肩をすくめた。
「じゃ、許してあげる」
 
 

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