【連作短篇小説】 風の主と暮らす小さなリル、二人はいつも仲良しだ。 旅人がやって来れば、できる限りのもてなしをして、 外の話を聞かせてもらう。 ところで風の丘にやって来る旅人は、いつもちょっとヘンだ・・・
2013年8月25日日曜日
9 ぞうすい祭り
「いやー、いい天気だね〜」
「……」
「何、お嬢ちゃん、ムッとしてるの?」
「あのぉ、私は、リル。お嬢ちゃんなんて呼ぶの禁止」
「知ってるよ、リルちゃん、お嬢ちゃんのことはよーく知ってる」
「あと、いきなり『いい天気だね〜』とか言うのも禁止。まるで才能のない作家の文章の書き始めみたいだし」
「そうだとしても、だ、今日はめでたいぞうすい祭りの日だからね。じっとしちゃあ、いられない。さっさと、ぞうすいを始めようじゃないか、な、お嬢ちゃん」
「私、興味ないし」
「興味ないわけないだろう。一年の最大のイベント、ぞうすい祭りだよ」
男はねじりはちまきをして、風の丘の庭にぞうすいづくりのこんろと鍋をセットして、まきに火を点けた。
ここに来て自分で料理を作ろうとする人は初めてだったので、リルはとても驚いた。
「てか、ねえ、あなた、誰?」
「ぞうすい四天王の一人、浦賀の与平とはオレさまのことだ」
「うらがのよへい?」
「まあ、そんなことは、どうでもいいよ。さっさと、ぞうすいを始めようじゃないか。なんてったって、今日はお日様もいい天気、ぞうすいの材料もとびっきりのが入ってるときたもんだ」
「あのね、私ね、はっきり言って、ぞうすいとか、 美味しいと思わないわけ。ぞうすいとか、芋煮とか、なんでそんなことで盛り上がれるのか、ちっとも理解不能」
「お嬢ちゃんは、ケーキとかの方がいいかい?」
「もちろん。マロンケーキ祭りとか、パンプキンパイ祭りとかなら、私だってワクワクするけど、ぞうすいじゃあ、夢も希望もありません」
「いやいやいや、ぞうすいにだって、夢も希望も野望もゴボウもニンジンもコンニャクも、ちゃ〜んとあるから」
「そういうのは、大人の勝手な思いこみってやつね。わるいんだけど、 おしつけないでくれる?」
「おしつける、って、あんた、そういう問題じゃないよ、お嬢ちゃん。なにせ、ぞうすい祭りといえば、可愛い少女が主役なんだからさぁ、もっと、こう、セクシーに張り切ってくれなくちゃあ、困るなぁ」
「ジェネレーションギャップッ」
「え? いま、なんと?」
「ジェネレーションギャップッ、って言ったの」
「いやいや、それはリルちゃんの先入観だから。大丈夫、この浦賀の与平がきたからには、かわいいお嬢ちゃんに後悔はさせねぇっての。やってみればわかる。食べればちゃんと美味しい。ぞうすいとはそういうもの!」
そんなこんなで、強制的に巻き込まれたリルは、ぞうすい祭りバンザイを楽しげに叫び続ける浦賀の与平さんのお作りになったぞうすいを賞味させていただいたところ、その感想がこれ。
「おいしくない。しかもかび臭い」
「おいおい、そんなこと言うなよりルちゃん、食べ方がたりないんだ。もっとこう、リズミカルにだな、 ワッショイワッショイ、って食うんだ」
「わ、わっしょいわっしょい?」
「そうそう。どんどん食ってくれ、ワッショイワッショイ」
「わわわわ、わっしょいわっしょい」
「おじさん、今日は君に足りないなんて言わさないぞ!」
すっかりまんぷくになるまで、浦賀の与平さまのお作りになったぞうすいを食べさせられたリルは、もう感想をのべる気力もなくなった。
「じゃあな。リル、なかなかいい食べっぷりだったぜ。また来るからよ!」
と、リルはかすかに声を聞いたような気がしたが、それを最後に、倒れ込んで気を失った。
「そうはいっても、身体にはいいんだよ、ぞうすいは」
と風の主さんがふわふわとフォローした。
「たぶん」
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