2013年10月2日水曜日

20  ダラリ新党の人




「はじめまして、リルちゃん、僕はダラリ新党の竹内です!」
「はあ?」
「今度、東の丘の選挙に立候補します。ダラリ新党の竹内ヒトシ、竹内ヒトシをよろしくおねがいいたします!」
「そんなこと言われても、私、子供だから選挙権とかないし」
「では、ダラリ新党の竹内ヒトシを、パパとママによろしくお伝え下さい!」
「いや、うちはパパとかママとかいないし」
 これにはさすがの竹内氏も困った表情を浮かべた。
「君は幼いのに、一人で暮らしているの?」
「いいえ。風の主さんと二人で」
「なるほど。では、ぜひ風の主さん、ぜひ、ダラリ新党の竹内ヒトシご投票をお願いしたい!」
「あの、竹内さん」
「はい?」
「ひとつ、感想を言ってもいいですか?」
「感想?」
「お忙しいのはわかるんだけど、いきなりお願いばかりは、よくないと思うよ。むしろいやな気分になっちゃうから」
「なるほど。うん、それはごもっとも」
「まず、今日のお昼はジャガイモスパゲティなので、それをいっしょに食べましょう。話はそれから」
「いや、ありがたいお誘いではありますが……」
「なに? 竹内さん、アンチジャガイモスパゲティ派?」
「いや、自分は今日は経済界の人と昼食の先約がありまして」
「あらあら……」
「あ、おこらせてしまいしまたか?」
 リルは小さく首を横に振った。
「ちがうの。おこってない。むしろ、悲しい。でも、先約があるならしかたがないよね」
「すみません、ほんとうに。次の機会があったら、必ず、このダラリ新党の竹内ヒトシが責任を持って……」
 とまた声に力が入りかけた竹内さんを手でさえぎり、リルは言った。
「そうじゃなくて、でも、なんだろう……なんだか、ふと、なつかしい気持ちになって。すごくなつかしい。なぜかなー」


「そして、去ってしまったんだね」
 と風の主さんはゆるゆるとした声で言った。
「本当に忙しそうだったの。短い期間に、たくさんの人に会わなきゃいけないんだから、しかたがないわよね」
「忙しい、か」
「私ね、今はこうして風の丘にいるけれど、昔はああいう小忙しいところにも、いたような気がするんだ」
「小忙しい?」
「だって、ほら、ビラを置いていったけど、みてよ。『ダラリ新党』って書いてあるの。きっとね、もともとはあの人も、ダラリとやっていこうと考えていたんだと思うんだ。あせらず、ゆっくりとね。でも、始まってしまったら、結局、あんなふうになっちゃうの」
「だったら、どうしたらいいのかな。始まらない方がよかった?」
「始まらないでも、ちゃんとやっていけるのだったら、その方がよかったと、私は思う」
「おお、ずいぶん難しい言い回しだね」
「難しくは、したくない。忙しくも、したくない。……でも、そうなっちゃう」
「ははは。とりあえず、お茶でも、しようか」
「だよねー」
「今日はね、サンダーティでヒーローブレイクだ!」
 風の主の楽しそうな言い方に、リルは一歩引いた。
「風の主さん、あなたはまだ、そ、そこですか?」
「進歩がないって言っちゃダメだよ。これこそ、男子永遠のこだわりだから」
「いやいや、普通、言うよ。『進歩がない』って」
「サンダーパンチ!」
「ビリッとしないで!」
「ごめん」
「ここでカミナリみたいなことやられても困る」
「わるいわるい」
「てか、ティはきらしてた」
「はあ?」
「しばらくコーヒーにしようと思ってたんだ、私」
 
 ふたりはコーヒーを淹れて、サンダーコーヒーブレイクとした。
 コーヒーのビターな香りが、風の丘にただよう。すると窓辺にトンボが飛んできて止まり、首をカクカクした。

 いい匂い・いい匂い・そにや・まけら・どぅ・ほほ・どぅ・ほほ
 
 それを見て、リルは大きくうなずいた。
「トンボさん、君に一票!」




19 下着博士



「こんにちは、お嬢ちゃん」
「こんにちは、おじさん」
「いやいや、おじさんはやめてくれ。私は、こう見えても、下着博士なのだよ」
「こちらこそ、お嬢ちゃんはやめてよ。私はこう見えても、リルなの」
「じゃあ、リルちゃん、せっかく知り合ったのだから、何か望みがあるかな?」
「来た人には、いろいろお話を聞かせてもらっています。それが望み」
「うむうむ。しかし、下着の話でいいのかい?」


 とりあえず悪い人ではないようなので、いつも通りに小さめの家に入ってもらって、お茶を用意したリルだったが、『下着の話でいいのか』ということについては、答えを出しかねていた。
「あのぉ、もしよかったら、やっぱ、下着以外の話にしません?」
「そういわれても、おじさんは困ってしまうよ。私は下着博士で、それ以外の者ではないからね」
「たとえば、レンコンについては、どうお考えですか?」
「ん? レンコンかい? そういうガラのパンツは、あったような気もするが、どうだろう。豚の鼻なら、よくある。いわゆる豚がら系の一種で、動物がらの中では、わりとポピュラーなのだが」
「じゃあ、深海魚は?」
「それもまた、珍しいガラだね。チョウチンアンコウの紫パンツなら見たことがあるが、シーラカンスとか、ありそうだけれど、私は見たことがないね」
「下着博士さまは、バンツのガラに詳しいの?」
「そういうわけでもないけれど、なにせ、たくさん見てきているのでね」
「じゃあ、世界のいろんなことも見てきた?」
 下着博士は目を大きく開いてから、苦笑をもらした。
「まあ、世界というより、男と女のことは、いろいろ見させられてきたよ。実際、それがなければ、下着は安もので十分なわけだからね」
「男と女のこと、というと、たとえば?」
「そんな話、ここでしていいの?」
「大丈夫。今日は風の主さん、いないし」
「主さんはどこに行ったの?」
「ヒーローについて考える、って、なにかの講習に行ったみたい」
「ふ〜ん、いろんなこと、するんだね」
「ちょっとした気まぐれよ。どうせすぐに戻ってくるし」
「いや、それにしても、ヒーローになるための講習ですか。うむうむ、私も行こうかな」
「やめた方がいいと思いますよ。どうせ広告だけいいこと言って、なんにもならないのが見え見えだし」
「だって、下着博士でいつづけるよりは、いいと思わないかね? つまり、私がヒーローになろう、と言うんじゃないわけだ。私はあくまで、ヒーローになるための講師を目指して、勉強するわけです」
「え、講師?」
「そう。ヒーローそのものになるのは無理でも、ヒーローについて教える講師なら、なれる可能性があると思わないかい?」
「むむ、なるほど」
「講師よりは、博士の方がえらい人みたいな呼び名ですが、問題はその中身ですからな。下着とヒーローでは、ヒーローの方がはるかによいですからな」
「おじさんは、下着博士でなくなってもいいの?」
 するとおじさんは大きく目を見開いてから、あきらめたように首を振った。
「いいえ、そう、おっしゃるとおりです。私は下着博士。ちょっと、夢を見ただけです」
「下着博士って、大変なの?」
「まあ、どんな仕事だって、苦労や誤解はつきものですからね。しかたがありません。私は、これでやっていきますよ」
「うん、がんばってね。私、応援してるから」
「ありがとう。なんだか前向きな気分になったきた。お礼に、一つ、ブラジャーをあげようか? 白くてかわいい花のワンポイントアクセント付きのを」
「いや、いいっす。そういうのは、そのうち必要になったら、自分で手に入れるんで」
「……ですね。すみません。自分は、残念なことに、こんなものしか持っていない男で……」
 と落胆したおじさんを見て、リルはあわてた。
「うそうそ。もらいますよー。かわいいなー。私、このブラ、大好きになっちゃったー、ありがとー、おじさん」
 すると下着博士のおじさんは、満面の笑みを浮かべた。
「リルちゃん、そんなに気に入ってくれたのなら、今、してみる?」
「いやいや、それは、ちょっと」
「ですね。いつか、大きくなったら、して下さい」

 
「今日ね、下着のおじさんが来たよ」
 と、リルは戻ってきた風の主に言った。
「下着姿のおじさん?」
「ううん、ちがうの。ご本人はいたって真面目なスーツ姿」
「スーツ姿?」
「そう。ただ、仕事が下着博士なんだって」
「ヘンな人かい?」
「ヘンだけど、でも、優しかった」
「お友達になれたかい?」
「それはわからないけど、でも、プレゼント、もらっちゃった」
「なに?」
「ないしょ」
「教えてくれないの?」
「うん。いつか風の主さんが大きくなったら、教えてあげるね」
「私は、もうこれ以上は大きくならないと思うよ」
「じゃあ、むりね」
「今日のリルは、イジワル?」
「ちがうわ。これは女子話題、ということです」
「やれやれ」
 リルは笑みを浮かべて、軽やかにスキップしてみた。

 無理してスキップはしてみたけれど、心の中では、風の主さんと同じように「やれやれ」とつぶやいていた。
 そして、リルにも少し、悩める下着博士の気持ちがわかったような気がしたのだった。



18 風の丘のヒーロー



「リルは女の子だからピンとこないかもしれないけれど、男子にはヒーロー願望というものがあるんだよ」
 と風の主さんはいつになく真面目に説明した。
「ヒーローになりたいの?」
「まあ、そうだね。そしてね、それはとても大変なことだと思うんだ。人には言えない苦労や、自分が本当はヒーローであることを隠して日常生活を送らなくちゃいけなかったりもするだろう。本当は自慢したいんだけど、それはばれてはいけないことで、絶対に秘密にしておかなくてはならないから、トイレとか、電話ボックスとか、目立たないところに入って、変身するんだ」
「なんか、こう、ゆがんだ願望ね」
「そうなんだよ。私も、幼い頃は、ヒーローなんて、ただの目立ちたがり屋だと思ってた。地球を守るために、べつの星からやってきた、とか。そんなこと、タダの人気目当てと言われてもしかたがないよね。でも、あるとき、気がついたんだよ。ヒーローは、自分がヒーローであることを、親や、友達に、隠さなくてはならないって。そしたら急に、ゾクゾクするほどかっこよく思えて」
「隠さなきゃいけないことが?」
「本当は、地球を守っているのは自分なのに、日常生活では、普通にしてるんだ。そのギャップが、いいと思わない?」
「そんなギャップがあると、いろいろめんどくさそう。ていうか、見つかったらどうするの。お母さんが『あ、あんた、なに変身してるの?』って」
「しかたがないから、また嘘をつくだろうね。『いや、ただの遊びだよ、最近、そういうのが流行ってるんだ』とか言って、本当のことを隠す。親に嘘をつかなくてはならない、その罪を引き受ける運命が、これまた、無性にかっこいい」
「それって、ヒーローっていうより、テストの結果が悪くてかくしているときみたいじゃないの?」
「いいのだ。そういう誤解も、黙って引き受ける。それがヒーローの宿命なのだから」
「で、そんな男の子が、今はここで、風の主さんにおなりになった、と」
「うん。私にも、いろいろあってね」
「まったく、ヒーローなんて、夢のまた夢ね」
「そうでもないと思うよ。いい風を吹かせられれば、戦わなくても人の心を支配することが出来るから。『今日は、いい風だなぁ』って」
「ていうか、はっきり言って、『強い風』とか『暴力的な風』とか、苦手でしょ?」
「うん、自分にはむいてない」
「練習する?」
「いや、いいよ。昔、やったから。そういうことは」
「もう一度、リベンジしようよ? ね? 私を吹き飛ばしてみて」
「おいおい、今日のリルは、絡むね」
「だって、せっかくなんだから、なれるものならヒーローになってもらいたいし」
「今の言葉、なんだか、女の子らしく聞こえた」
「え?」
「ヒーローを裏で支えるのは、女の子の優しさ、みたいな」
「そ、そうかしら。ふふふ」
 と、少し大人ぶってみせるリルだった。
 似合っているかどうかは、100%、べつにして。



17. サンダーマン



「よい子のみんな、僕は平和を守るサンダーマンだ」

 リルは空を仰いで「ねえー、またヘンな人来ちゃったよー」と言った。
「知ってるよ、コスプレって言うんだよね」
「またまた。風の主さんは無理して今風の言葉を使って。ちがいますよね、サンダーマン」

「そうだよ、僕はサンダーマンだ。コスプレなんかじゃないからね。本物の平和の使者なのさ」

「でも、本物のサンダーマンだったら、お茶は飲めるのかなぁ?」
「リルから質問してみればいいんじゃない?」
「あのー、サンダーマンは、お茶、飲めますか?」

「水分補給はひかえめにしているんだ。トイレに行くときに困るからね」

「……え、えっとぉ、サンダーマンは、トイレに行くの?」
「それはいくだろうよ。リルも行くだろ?」
「私は行くけど、平和を守るサンダーマンは、トイレには行かないかと思ってた」

「よい子のみんな、サンダーマンだってトイレに行くけど、それでゲンメツしてもらったら困るぞ。僕の強烈なサンダー攻撃は本物だからな」

「ねえねえ、風の主さん、サンダー攻撃ってなんだろう?」
「ビリビリする感じだと思うな」
「それはすごい。バシッと光って、ビリビリって、悪をやっつけてしまうんだね」

「見てごらん、これが僕のサンダーパンチだ。えい。あれ? 出ないぞ」

「あのぉ、サンダーさん、ここではだれも特殊能力を使えないんです。そういう丘なんです」
 と風の主さんが残念そうに説明した。

「そ、それは困った。悪と戦えないではないか」

「戦う必要もないんですよ、ここでは」
「そうそう、風の主さんの言うとおり。戦いより、お茶でもいかがですか、サンダーさん」

「いや、そういうことなら、お茶は遠慮するとして、少しトイレを使わせてもらっていいかな」

「どうぞどうぞ」



「で、結局サンダーさんは、トイレを借りただけで、すぐさま去ってしまった、と」
「平和を守るサンダーマンというのは、忙しそうだね」
 まったりと風の主が言った。
「風の主さんも、少しみならったら?」
「いやぁ、私はのんびりするのが仕事だから。これはこれで、平和を守っている自覚、ないわけじゃないんだよ」
「おー、すごい。平和を守る風の主さま。と、いいつつ、なにもしてないけど」
「うん、まったりしているだけだけど」
「本当にそれだけよね。はっきり言って、あまり健康によくないと思うわ」
「わかってる。まあ、お茶でもしようか」
「二人で?」
「もちろんさ、平和を守るサンダーマンの活躍を祈って、サンダーティだ」
「サンダーカップに、サンダーティを入れて、合い言葉は『サンダーいたたきます』みたいな?」
「その言葉を聞いたら、サンダーさんも、きっと心から喜んでくださる。僕たちの応援する心こそが、彼の純粋エネルギーへと変換されるのだ!」
 いきおいずく主に、リルは身を引いた。
「いや、それは、どうだか……むしろ、あつくるしいんですけど……」



16. ウーマンホールな人


「私のこと、知っているかしら?」
 赤いドレスのしなやかなお姉さんの旅人が聞いてきた。
「いいえ」
 と、リルは正直に首を横に振った。
「私、ウーマンホール。最近、ここにマンホールの人が来たと聞いて、私も立ち寄ってみようと思ったのよ。よろしく」
「ウーマンホールさんですか? 女だから?」
「私は、女性としての穴の立場を代弁するの。でも、そんなこと、誤解のもとよね。だから、あまり知られていないと思うけれど、ようするに、マンホールの女性的ななにか、よ」
「マンホールさんとは仲良しさんなんですか?」
「彼は、自分がすべてだと思い込んでいるから。私の気持ちなんて、わかる人じゃないわ」
 リルと風の主は「うん、確かにそんな感じだった」と相づちを打った。

「私はね、本当は、いなくていい存在なの。ウーマンホールなんて、誰も言わないし、実用性があるというわけでもない。ただ、ヘンな話だけど、多くの人が心の底で一番気にするのが、じつはウーマンホールなのよね」
「?」
「いいの、これは、オトナの話。もし、リルちゃんが、将来、ウーマンホールになれるとしたら、どんなウーマンホールになりたいかしら?」
「さあ……」
「きっとあなたなら、暖かく包み込むような、やさしいウーマンホールになれるわね」
「ウーマンホールさん、あなた自身は、どんな感じなんですか?」
 と風の主がふわふわとたずねた。
「私は、そうね……正直、もうあんまり夢をいだくような歳ではないの。少し疲れていると言ってもいいわ。だから、誰かを幸せにするような力はないに等しいわけだけど、かといってウーマンホールとしての自信を失っているというわけでもないの」
「なるほど。なんだか地下のことって、いろいろややこしいんですね」
 と風の主が率直に感想をのべた。
「だって、人々の欲望というものは、地下に流れるものだから。知ってるかしら、それはね、とても臭いの」
「とても臭い、んですか?」
 とリルは首をかしげた。
「そうよ。私はね、あなたにこれだけは言っておきたいわ。とても臭いの。でも、人はそこに流れ着くの……」

「リル、あの女の人、面白かった?」
 とウーマンホールの人が去ってから、風の主が聞いた。
「うん。いろんな人が来るな、っていう意味で」
「『とても臭い』って言ってたね。リルには、わかる?」
「わかんない。ていうか、あの人、語るだけかたって、お茶も飲んでいかなかったよ」
「臭い話なんかしないで、お茶を飲んでいけばよかったのに」
「そうだよね〜」