2013年10月2日水曜日

18 風の丘のヒーロー



「リルは女の子だからピンとこないかもしれないけれど、男子にはヒーロー願望というものがあるんだよ」
 と風の主さんはいつになく真面目に説明した。
「ヒーローになりたいの?」
「まあ、そうだね。そしてね、それはとても大変なことだと思うんだ。人には言えない苦労や、自分が本当はヒーローであることを隠して日常生活を送らなくちゃいけなかったりもするだろう。本当は自慢したいんだけど、それはばれてはいけないことで、絶対に秘密にしておかなくてはならないから、トイレとか、電話ボックスとか、目立たないところに入って、変身するんだ」
「なんか、こう、ゆがんだ願望ね」
「そうなんだよ。私も、幼い頃は、ヒーローなんて、ただの目立ちたがり屋だと思ってた。地球を守るために、べつの星からやってきた、とか。そんなこと、タダの人気目当てと言われてもしかたがないよね。でも、あるとき、気がついたんだよ。ヒーローは、自分がヒーローであることを、親や、友達に、隠さなくてはならないって。そしたら急に、ゾクゾクするほどかっこよく思えて」
「隠さなきゃいけないことが?」
「本当は、地球を守っているのは自分なのに、日常生活では、普通にしてるんだ。そのギャップが、いいと思わない?」
「そんなギャップがあると、いろいろめんどくさそう。ていうか、見つかったらどうするの。お母さんが『あ、あんた、なに変身してるの?』って」
「しかたがないから、また嘘をつくだろうね。『いや、ただの遊びだよ、最近、そういうのが流行ってるんだ』とか言って、本当のことを隠す。親に嘘をつかなくてはならない、その罪を引き受ける運命が、これまた、無性にかっこいい」
「それって、ヒーローっていうより、テストの結果が悪くてかくしているときみたいじゃないの?」
「いいのだ。そういう誤解も、黙って引き受ける。それがヒーローの宿命なのだから」
「で、そんな男の子が、今はここで、風の主さんにおなりになった、と」
「うん。私にも、いろいろあってね」
「まったく、ヒーローなんて、夢のまた夢ね」
「そうでもないと思うよ。いい風を吹かせられれば、戦わなくても人の心を支配することが出来るから。『今日は、いい風だなぁ』って」
「ていうか、はっきり言って、『強い風』とか『暴力的な風』とか、苦手でしょ?」
「うん、自分にはむいてない」
「練習する?」
「いや、いいよ。昔、やったから。そういうことは」
「もう一度、リベンジしようよ? ね? 私を吹き飛ばしてみて」
「おいおい、今日のリルは、絡むね」
「だって、せっかくなんだから、なれるものならヒーローになってもらいたいし」
「今の言葉、なんだか、女の子らしく聞こえた」
「え?」
「ヒーローを裏で支えるのは、女の子の優しさ、みたいな」
「そ、そうかしら。ふふふ」
 と、少し大人ぶってみせるリルだった。
 似合っているかどうかは、100%、べつにして。



0 件のコメント:

コメントを投稿