2018年6月5日火曜日

仕事鳥

「全く新しい状況を求めること、これをフクロウと呼びます」
「え?」
「……」
「どうして?」
 リルが首を傾げると、仕事鳥はあわてて頭を下げた。
「すみません、すみません、本当にすみません! ただのウソです、作りごとです!」
「いや、べつにあやまらなくていいけど」


「すみません、本当にすみません。私は誰の役にもたたない、ダメな鳥なのです」
「そうかな。ねえ、なにかとりえがあると思うよ、鳴き声がきれいとか?」
「言葉はぼそぼそしゃべりますが、その程度なもので。とても美しいとは」
「姿がきれいな鳥もいるよね?」
「見たとおり、つかれた会社員ふうでして」
「害虫を食べるとか?」
「いや、すみません、虫はちょっと」
「あとは……お話をして人を喜ばせるとか?」
「いちおう話はします。でも、それでだれかが喜んでくれるかというと、やはりちょっと」
「そんなことないよ」
 リルは目を輝かせた。
「私はどんな話だって、聞かせてくれたら嬉しいから」
 仕事鳥はうつむいて首を振った。
「むりです、リルちゃんは、まだ知らないんですよ。大人の世界の真実。この世の中には、語るだけで、あるいは聞くだけで、うんざりする話も、あるものなんです」
「ふむふむ」
「楽しい話が右手だとしたら、左手は、右手とは逆にありますよね、そういう話……って、すみません、本当にすみません! こんな例えじゃ、なにがどうなのか、なにも伝えられませんよね!」
「仕事鳥さんが伝えようと思うのは、なぜ?」
「だって、わかってほしいじゃないですか」
「伝えられるかな?」
「それを信じて、努力するわけです。まあ、やろうとはするんですが、いつも、相手が疲れるだけ、という。すみません、本当にすみません!」


「あのね、私、雪って見たことないんだ。雨が凍って、空からふわっと降ってくるものだってことは知ってるけど、見たことも、さわったこともないの。だから、本当の雪は、知らないの。でもね、私、雪の話を聞くの、大好きだよ」
「冷たくて、さびしくて、しーんとしてても?」
「うん」
 リルは、迷いなく、大きくうなずいた。
「ねえ、仕事鳥さんは、空を飛べるのでしょ?」
「まあ、いちおう鳥ですし……」
「私は空を飛べないけど、空を飛ぶ話を聞くのは、大好きなんだ」
「なるほど」
「お空の話、なにかしてよ」
「いや、そういうこと、とくにないんで。だって、飛ぶっていったって、空ですよ」
 そして仕事鳥は、伸びをするように羽を広げた。
「空なんて、ただの空なのに」
「ただの空、か。その、からっぽかんが、いいかも」
「ははは、少しだけ喜んでくれましたか?」
「からっぽな大空、からっぽな大空、私わくわく」
「すてきな歌ですね」
「なにいってるの、君がくれたんだよ」
「そうか。それは、うれしいです。さて……」
「もう、いきますか?」
「ですね、仕事ですから」
「お仕事、がんばってください」
「ありがとうございます……リルちゃんか、やっぱり、きてよかった」

 仕事鳥は羽ばたき、地面を蹴ると前屈みに加速し、すぐに身体を起こして、一気に舞い上がっていった。
 青い空にむかって、しなやかに羽を羽ばたかせて。

 それをみたリルは、両目を見開いてびっくりした。
「って、なに、それ、ずるいよ、仕事鳥さん、めっちゃ……かっこいいじゃん!」


2018年4月21日土曜日

21. レイコさんの悩み2


「ごめん、リルちゃんはなにも悪くない」
 とレイコさんは姿勢を正して言い切った。
「悪いのは、あのバカ娘よ」
「は、はあ……」

 リルは、いっしょうけんめい考えたけれど、よくわからなかった。
「でも……娘さん、ピアノがうまい人なんですよね」
「そうね」
「それ、いいことじゃないですか? バカ娘ですか?」
 レイコさんは、深いため息をついた。
「そう。たしかに、バカじゃない、とも言える。でも、私はピアノを認められない。それだって私のせいじゃない。そうでしょ? だったら、どうしたらいいと思う?」
「えー、わかんないよ。風の主さんはわかる?」
「僕にも、ムリ」
 どこからともなく、ふんわりと響いた声に、レイコさんが驚いた。
「あ、これは、風の主さんでして、私とこの丘でいっしょに暮らしてます」
「風の主さん、か。私も、風に、なりたいな」
 すると、風の主さんは、質問を発した。
「レイコさん、ひとつ、いいですか?」
「なにか?」
「お話、わからなくはないんです。でも、とても難しい。ここじゃなくて、もっと、ちゃんとしたところに相談に行くのがいいと思います」
「え?」
「そうそう」とリルは言った。「すごーく難しいから、ここじゃムリ。ちゃんと相談できるところにいくべき」
「それって、カウンセラーとか?」
「そう、かな」
「冗談じゃない。説明しましたけど、私自身は、なにもまちがったことをしていない。そうよね? なのに、なんで私がカウンセラーのところなんかに行かなきゃいけないのよ!」
「は、はあ……」
「まったく、バカなうわさに期待した私がまちがいでした。あなたたちが悪いんじゃない、私のミステイク。風の丘なんて、ただの子供だましよ。やくたたず。さようなら」


「リル?」
「ん?」
「落ち込んだ?」
「うん、まあね」
「人間って、難しいね」
「スポーツも、音楽も、どっちも、すごーくすばらしいのに、なぜ?」
「ほんとうにそう」
「すごーくすばらしいと、逆に、問題おこっちゃうの?」
「ははは、そうかも。ほどほどが、いちばん、だね」
「えー、ほどほどすぎて、問題なくて、退屈なのも、大問題だから!!」
 それを聞いて、風の主さんは、大笑いした。
 リルも笑った。リルは、むしろ全力で笑った。心の中で、笑ってすますしかないじゃん、とやけになりながら。




21. レイコさんの悩み


「あらあら、静かないいところね」
 レイコさんは丘をみわたして言った。
「いらっしゃい〜」
「リルちゃんね。うわさは聞いているわ」
「えー、ヘンなうわさですか?」
「そんなことないわよ。ただね、なんでも解決してくれるというのは、私は、どうかなって思って」
「はあ?」
 とリルは目を丸くした。
「なんでも解決してくれる不思議な女の子」
「だれそれ?」
「あなたじゃないの?」
 リルは頭を抱えた。「くそー、またヘンなうわさ流したやついる、だれだーまったくー」

 とにかく二人はお茶にすることにした。
 レイコさんは、もう若い人ではなかった。中年と高齢、その中間くらい。
「まあでも、私、ここに来れただけで幸せよ」
「まあまあ、そう言わず、いろいろどうぞ。言いたいこと、あるんですよね? 私、外の話を聞くのが楽しみで」
「じつはね、娘のことなの」
「はあ」
「困ったことに、すごくいい娘なの」
「いい娘さんなのに、困った?」
「そう」
「どういうことです?」

「娘はピアノがうまくて、学校のピアノで練習して、ほとんど独学でコンクールに入賞して、音楽の勉強も自分でして、自分の曲のCDも発表して、今もがんばってるの」
「すごーい」
「まだ経済的には大変らしいけど、コンビニのバイトをしながらがんばってるって」
「コンビニ?」
「いまふうのお店のことよ。朝や夜もやってるの」
「それはそれは」
「で、何が問題だか、わかるかしら?」
 リルは「さっぱり」と首を振った。
「じつは、私、陸上選手だったの。オリンピックの予選まで出たこともあるのよ」
「またまた、すげー」
「でね、『かなえられなかった夢』みたいなこともあるし、娘にはがんばってほしいなーって。押しつけはよくないけど、期待はしたっていいじゃない?」
「もちろんです、レイコさん」
「でもね、小さいとき、私が娘を連れて、グラウンドに出て走るじゃない? 娘は、すごーくつまらなそうな顔するの。走ること自体、人生のムダ、と言いたげ。走るのが苦手だからイヤなんじゃなくて、走ればけっこう走れるのに『好きじゃない』って。私ね、それがすごく腹が立ったの。世の中には、速く走ろうと思っても走れない人や、チャンスをつかみたいのに道に迷っている人がいっぱいいるのに、あなたはその両方を最初から手にしている幸運な娘なのに、なぜそれに感謝できないの、って」
「は、はあ……」
「私、学生のときにストーカーされたことあるのよ。ストーカーってわかる?」
「ことわっても、しつこく好きっていってくるパターン?」
「まあ、そんなかんじ。高校のときの音楽の先生だった。やったらピアノがうまくて、華麗な曲を弾いて自分でうっとりしちゃって『こんな自分にほれない女はいない』みたいな自信をもっちゃって。誘いをことわると、手紙で『君の走る姿はすごく美しい』とかなんとか。うんざりよ。それから、ピアノを弾く人、ってだけで、じんま疹が出る」
「は、はあ……」
「ところがよ、娘ったら、小学校に入ったら音楽に目覚めちゃって、ピアノ習いたいとか言い始めて。私、あたまきて『毎日10キロ走ったら週一だけピアノ習いにいかせてあげる』と言ったら、本当に走って、ピアノ教室通い始めて」
「もしかして、いやがらせかなにか?」
「私も最初はそう思ったわよ。でも、どうやら、ちがうの。娘には、本当に音楽の才能があったみたい。中学の時には、もうショパンとかバリバリ弾いてたし。我流だからプロみたいなきちんとした演奏に聞こえないし、私は『うるさい』って怒ってたけど、なんていうか、指が速く動くとか、音楽が好きだからとか、そういう話じゃないの。なんだか身体ごと、ピアノと一体化しているの。ピアノも、楽曲も、娘にとっては自分の想いを表現する道具にすぎない、というか」
「な、なんか、すごそうですね」
「オーラというのかしら、たしかにそんな感じ。私、一番最初のピアノ教室だけは金を払ったけれど、断固反対で、後に引けなくて、中学からはずっとあの子一人でやってるの。高校時代には、担任の先生からも説得されたわよ。才能があるのだから音楽大学に行かせてあげるわけにはいきませんか、って。うちだって、娘一人を音大にいかせるくらいの余裕はあったわよ。でも、断固、拒否しました。スポーツ以外に進むなら、全部自分でやりなさい、って」
「は、はあ……」
「正直、あきらめると思っていたわよ。いくら才能があるって言ったって、田舎の学校でビアノがうまい程度で、プロになれるわけないし、いずれ普通に就職して、結婚して『ピアノがうまかったこともあったのよ』と苦笑する主婦になる、って」
 レイコさんは、カップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。
「でも、そうはならなかった。いまだに、音楽のことばっかり。結婚もしていない」
「やっぱ、好きなんですよ、それ」
「好きだからって、そればっかりやっていればいい、ってことじゃないでしょ、人生は」
「は、はあ……」


 レイコさんは、一歩もゆずらない。