2013年8月25日日曜日

6. ママ



 その日、リルは最初から泣いていた。目覚めたときから、泣いていた。
「なんで? なんでママがここにいるの? いないはずでしょ? いちゃいけないでしょ? いないってことで、私たち、生きてきたのに、いきなり来るなんて、ひどいよ」
 風の主はふわふわと優しく言葉を添えた。
「リルには、ママが見えるんだね?」
「うん」
「そうか。だって、リルは、ママの子供だからな」
「そんなの、ひどいよ。いるのか、いないのか、はっきりしてくれなきゃ、泣いちゃうじゃん」
「泣いても、いいんだよ」
「いやだぁ。全部、いやだぁ。みんな、バカ。バカすぎる」
「ま、そうなんだ。バカなんだね、本当に」

 ママは、リルに言った。
「迷うことは、ないよ。ママは、あなたのこと、信じているから」
「どういうこと、それ? だって、現実には、いないんでしょ? どこにいるの? ひどいよ。自分だけ、何してるの? 仕事? 人助け? 遊び? 趣味? それとも、事情があってどうしてもやらなきゃいけないこと?」
「はなれていても、心はつながっているのよ。ママの声が聞きたかったら、いつでも、自分の心の中に語りかけて。ちゃんと、私は、そこにいるから」
「私の中にいるのは、私。ママじゃない」
「そんなことないよ。あなたの心の、本当の奥に声をかければ、大丈夫」
「大丈夫じゃない。そんなの、いやなの。ここにいてよ。なんで、それができないの? 簡単なことじゃん。ただ、ここにいればいいのよ。こんな簡単なこと、なんでやってくれないかなー。ママは、ママじゃないの? だれか代わりの人がやってるニセ物?」
 けれどもママが本物であるという真実を、一番わかっているのは、リル自身だったから、また激しく涙がこみ上げてきた。
「リル、心配しないで。だって、今だって、こうやって、あなたは、心の中にいるママに、ちゃんと声が届いているのだから」
「そんなの、ぜんぜん足りない。もー、なんでわからないかなー」

 ここにはいられない人。
 どこにいるのかもわからない人。
 
 たくさん泣いて、泣き疲れたリルは、もういちど一人でお布団に入って、目をつぶった。
 たくさん眠ってやる、と思った。
 ふて寝だ、ふて寝!
 ママの、バカ!


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