2013年8月24日土曜日

4. 死に神さん



 風の丘には、ときどき変わった人がやって来る。
 今日やってきた老人は、自分のことを死に神と自己紹介した。
「私はね、たくさん殺しましたよ。だからね、死に神と呼ばれている。ごめんね、お嬢ちゃん。出会ってしまったからには、あんたも私に殺されなくちゃいけないんだよ」
「どうして?」
「だって、私は死に神だから」
「それはおかしいわ。たくさん人を殺したから、死に神さんなんでしょ? それはそれでいいけれど、死に神さんだからといって、出会った人を全て殺さなくてはならないとは限らないわ」
「むむ、口答えするかね、まないきなお嬢さんだ」
「ま、死に神さんが何をするにしても、まずは、ご飯でも食べましょう」
「ご飯? お嬢ちゃんは、私を怖くないのかい?」
「少し、怖い」
「少しかい?」
「だって、死に神さんだもの」
「いやいや、たくさん怖がってくれないと、私としては困るんだが」
「ごめんなさい。でも、私、あまりたくさん怖がれる方じゃないの」
「なら、しかたがないな。なんだかここは、風が心地いいようだ」
「天国みたいでしょ?」
「むむ、それもまた困った話だ」
「なんで?」
「私は、天国の人を殺したことはまだ一度もないし、殺せるかどうかもわからない。たぶん、無理なんじゃないかな、と思ったりする」
「死に神さんが殺せない人って、じゃあ、誰が殺すんだろうね? ねね、風の主さんは知ってる?」
「リル、君の笑顔は強力だからね、たいがいの人はそれでまいっちゃうんじゃないかな。リルの笑顔でいちころさ」
「私……が?」
「冗談だよ」
「あのぉ、笑えない冗談言うの、やめてくれません?」
「そうでもないようだよ、見てごらん、死に神さん、身体を丸めて笑いをこらえているから」
「え、マジ……?」

 フルーツサラダと、キノコのパスタを食べながら、リルは死に神に説教を始めた。
「あのね、あなたは死に神の人なんでしょ? あんなくだらない冗談で笑っちゃダメじゃん」
「す、すみません」
「もっと、面白い冗談で笑うなら、それはそれで許してあげるの。でも、あんなことで笑いをこらえていたら、うちの風の主さんが調子に乗っちゃうじゃない。で、あなたがいなくなったあとも、『笑いをこらえてくれる人はいるんだよ』とか自信をもっちゃって、私にチョーつまらない冗談を言い続けるのよ。どうしてくれるの、責任とってよ」
「いや、死に神に責任とれといわれても、私にできることは、人の命を取るくらいしか……」
「ほんと、ダメね。たまには他のことができるようになっときなさい」
「は、はい」
「だいたい、あなた、人の命を取ってばかりで、人に命をあげるってことはできないの?」
「まあ、いちおう、死に神なもので」
「だから、ダメなのよ。取ったら、あげる。わかる? 基本中の基本よ、これ」
「は、はあ……」
「りぴーとあふたーみー。『取ったら、あげる』 どうぞ」
「取ったら、あげる」
「もう一度。取ったら、あげる」
「取ったら、あげる」
「いい? 取るばっかりで、それで満足しているから、一歩も成長できないんだからね。はっきり聞くけど、あなた、成長する気ないの?」
「いや、できることなら、成長はしたいですが」
「だったら、私の言うことを真面目に聞きくこと。わかった? 明日から、猛特訓よ。覚悟しときなさい」

 翌朝、死に神さんは、そっといなくなっていた。
 リルはため息をついて、朝食のあと、風の丘を歩いた。
 そこには風の主しかいなかった。
 でも、風の主だけは、かわらずにそこにいた。

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