2013年8月24日土曜日

2. 魔法を使う旅人さん



「僕を、かくまってください」
 と、黒いローブで身を包んだ少年がやってきた。
「追われているんです、兵隊たちが、僕を殺そうと」
「あら、それはたいへん。どうぞどうぞ」
 と、さっそくリルは少年を小さな家にまねきいれた。
「私たちの風の丘は、こんなちっぽけなところですが、風の主が守っているので、ここでは暴力は使えないの。知ってた?」
「ホントですか!」
 少年の顔にパッと希望の光が輝いた。
「でも、敵もそうだけど、君の魔法も使えないのも、いっしょだから」
 と風の主が、ゆったりと説明をつけくわえた。

「リルちゃん、僕は魔法を使うものです。いや、まだ学習中ですけど、いちおう西の戦闘では実戦を経験しています」
「魔法で、実戦ですか?」
「はい。魔法というものは、一対一の格闘ではほとんど無力ですが、広範囲にまとめてダメージを与えることができます。うまく利用できれば形勢を逆転させうることも可能なのです。また、サポート魔法といって、身方の戦士たちの体力を回復したり、防御力を高めたり、スピードを速めて格闘を有利にさせてあげたり、といったこともできます」
「ふーん。そんなことをできる人が仲間にいたり、きっととても強くなるね」
「いや、しかし、魔法使いがいるのは、あちらも同じです。使える魔法の種類も、たいがいは知れ渡っていますから、どちらかが決定的に有利ということは、今では、まずありえません」
「ねね、魔法って、疲れる?」
「は……はい。体力を消耗します」
「じゃあ、ご飯、食べようか」
「は?」
「今日はね、アスパラサンドと、ゆり根スープだよ」
「よくわかりませんが、とてもきちんとした食材の名前だ。そんなもの、僕は久しく口にしていない。ここ最近、ずっと軍が支給してくれるポーションとエーテルばかりだった」
「ポーションとエーテルで、おなかいっぱいになるの?」
「空腹感は、問題ではない。栄養が足りれば、戦闘に復帰できるので」
「むむっ、なるほど」
「ただし、むなしさは、残るよ。そんなもので、心は満たされない」
「あの、魔法使いの旅人さんにとって『心』って何?」
「魔法に関係しているものだ。それは確かだ」
「じゃあ、心から戦っているのね?」
「ああ、そうとも言える。まさに心の底から戦っている」
「疲れないの?」
 魔法使いの少年は苦笑して「疲れるけれど、敵軍を蹴散らした勝利の興奮が、それを補ってくれるんだ」と正直に告白した。

 風の主とリルは、食事を用意しながら語り合った。
「魔法なんか、あっていいの?」
「いいか悪いかを考えてもしかたがないよ、リル。あるものは、あるんだから」
「でも、私は思うんだけど、戦いの傷は薬で治るよ。痛いかもしんないけど。でも、心を戦いにつかって傷ついたら、誰が治すの?」
「リルはまだ、それのことは知らないんだね」
「それ?」
「世の中には、時間という、万能薬があるんだ」
「なにそれ?」
「そのうち、わかるようになる」
 リルは小さな口をとんがらせて「なんでも時間のせいにするのね」とふてくされた。
「だって、そういうものだから」
「時間なんて、だいっきらい」
「まあまあ」

 魔法使いの少年は、食事のお礼をしようと考え、リルたちに魔法を見せようと試みた。たいがいの魔法は無理としても、コップを持ち上げるくらいのことはできそうに思えたから。
 しかし、その魔法は実現せず、かわりに彼が食べたものが、嘔吐として口から飛び出て、床に広がった。吐物は、一瞬のうちにグツグツと沸騰し始めた。
 少年は苦笑して、黒いローブをはおると、風の丘を去って行った。

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