2013年8月25日日曜日

7. ロウソク男さん



「あなたの心に、ロウソクを」
 と、物売りっぽい声が聞こえた。
「だれ?」
「お嬢ちゃん、パパか、ママは、いるかね?」
「いないよ、そんなの。全然いない。見たこともない」
「そうかい、じゃあ、お嬢ちゃんでもいいか。ロウソクを1本、買ってくれないかな?」
「ごめん。私、お金ないし」
「おやおや、お金がないときた。これは、まいったね。あのね、私は、お金なんて、ほしいわけじゃないんだよ。私が本当にほしいのは、このロウソクにつける『火』なのさ」
「はあ?」
「いえね、私は、こうやってロウソクを持っているわけだが、ロウソクだけを持っていても意味がないわけですわ。こいつは、火を点けて、なんぼ。そうでしょ?」
「でも、火を点けたら、なくなっちゃわない?」
「それはそうだが、そのために存在するロウソクとしては、火を灯してもらって、なくなっていくなら、本望というやつなんでございますよ。でもね、火がなけりゃあ、どうにもならない」
「火なんて、ないよ、ここには」
「でも、お嬢ちゃん自身が燃える、という方法は、ないわけではない」
「え……」
「私はロウソク男。呪文を唱えると、人間に火を点けることができるのであります」
 彼が目を閉じて、ロウソクを両手で前に持ったまま呪文を唱え始めると、リルの指先から灯が灯り、腕が燃え始めた。
「ちょ、ちょ、ちょ、なによ、これ。勝手に私に火を点けないで。てか、私が勝手に燃えてるの? なんで?」
 すると、風の主のふわふわした優しい声が響いた。 
「心配しないで、リル。燃えてみるのも、悪いことじゃないから」
「はあぁ?」
「ロウソク男さんは、よく少女を燃やすのさ。そういうものだから」
「そ、そういうものって、それで納得しないでよ。私はどーなるのよ。燃えちゃうじゃん」
 するとロウソク男は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ご心配なく、お嬢ちゃん。私は『萌え』をつかさどるもの。リルちゃんが、より、可愛くなるお手伝いをするだけですから」
「おいおい、そんなの頼んでないって。やめて、って。ほら、火が、身体にも。なんじゃ、こりゃあ!」
 火をうけて燃えたリルの服は、黄色い可愛らしいものに替わっていった。
「うん、いい感じだよ、リル」
「風の主さんも、んなこと言ってないで、ちょっとは怒ってよ。こんなこと、勝手にされて、私、めーわく」
「まあまあ。ところで、リル、まだロウソク男さんに、お茶も出していないんじゃないか?」
「お茶?」とリルは冷たい視線を男に送り「あんた、飲みたい?」と質問した。
「はい。それはもう、こんなに可愛くなったお嬢ちゃんと、お茶をご一緒できるなら、最高でございます」
「あんた、ロウソク、売んなくていいの?」
「売らせていただきましたよ。ご心配なく。ねえ、風の主さん」
「うん、もうリルは十分売らせてあげたと思うよ」
「なんなん? あんたたち、自分らだけで納得して」
 ふてくされたリルを無視して、風の主はロウソク男さんに優しく言った。 
「お飲み物は、何がよろしいですか?」
「いえ、私、特に好き嫌いはないほうでして。なんでも喜んでいただかせていただきます」
「それはよかった。しかし、なかなかいい『燃え』でしたね」
「でしょ?」
「さすが、ロウソク男さんです」
「いやいや、それほどでも」

 リルは腹を立てて、一番苦いお茶を彼に出したけれど、すっかり大人のロウソク男さんは「美味しいですね」と平然と味わった。
 
 ロウソク男さんが帰ったあと、風の主さんは「今日のリルは特に可愛いね」と優しく言った。
「私、怒ってるんですけど、まじで」
「その怒り方が、かわいい」
 リルは涙目になり、天にむかって手を合わせた。
「もー、私、どうすればいいの? 助けて神さま……」


  

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