【連作短篇小説】 風の主と暮らす小さなリル、二人はいつも仲良しだ。 旅人がやって来れば、できる限りのもてなしをして、 外の話を聞かせてもらう。 ところで風の丘にやって来る旅人は、いつもちょっとヘンだ・・・
2013年8月25日日曜日
12. みかん記念日2
「あのぉ、みかん記念日のうわさを聞いて来たんですが……」
そこにいたのは、メガネをかけた学生さんの旅人。身体がすこし透けている。
「みかん記念日? そんなもの、とっくに終了しました」
「いや、終了してもらったら、僕、困るんですけど」
「あなたが困ろうと何しようと、私には関係ない。ちなみに、私の名前はリル。お嬢さん、なんて呼びやがったらグーで殴るから」
「でも、困るのは事実なのです」
「あんたが何を期待していようと、私には関係ないわけ。いいから、もう、みかん記念日のことはほおっておいて」
「……」
「ていうか、こら、風の主さん、こんなヘンな学生さん連れてこられても、私、困るんですけど」
「リルは今日はご機嫌ななめ?」
「誰のせいだと思ってるのよ、え? 風の主さん、あなたのせいよ」
「私?」
すると、
「聞いてください!」
と少年が叫んだ。
リルと、風の主は、ビクッと震えて、学生を見つめた。
「僕は、今日、自殺するんです。理由なんか聞かないでください。説明したくないし、言葉で説明できるほど簡単なことなら、自殺なんてしてません。でも、なにか、残したかったんです。生きている意味があったと思える何かを。だから、今日の記念日を探しました。あまりそういうことの多い日ではなかったけれど、幸い、ここにみかん記念日が行われていることを知って、やってきたわけです。なのに、そんなものはない、という。ひどすぎでしょ。ふざけているにしても、度が過ぎるでしょ」
「でも」と、リルが小声で言った。「君がここに来て、少しからだが透けているということは、もう、やることは、やっちゃったあとなんだね」
「まあ、そうです。時間は、もう、戻せません」
「みかん記念日、したい?」
「はい。せめて、最後に、それだけは」
というわけで、リルは少年を家に招き、テーブルについて、みかんを二人で食べた。
「えっと、みかん記念日って、みかんを食べる以外に何かすることはないんですか?」
「ないよ。どうして?」
「だって、記念日と言うからには、なにかもっと、記念的な行為があってしかるべきかと」
「わるいけど、そういうのはもっと人がたくさんいるところで期待してくれないかな。うち、風の主さんと二人だけだし。草原のアリさんでも集めてくれば話はちがうけど、そんなことしても喜ばれないってわかっちゃったし」
風の主さんが「みかん、おいしい?」と優しくたずねた。
「うん、まずくはないけど、普通のみかんですね」
「でも、普通のみかんって、よくない?」
風の主が、無理して若者言葉を使っているので、リルはクスクスと笑った。
「普通のみかん……まるで、僕がなりたかったものみたいです」
「普通に、なりたかったのかい?」
「まあ、そうですね」
「だったら簡単、君は最初から、普通だよ。まわりのことなんか、あまり気にしなくていいんだよ」
「いいえ、僕は、普通じゃありません。ヘンなんです」
「君がヘンなわけじゃなく、まわりがヘンなのかもしれないよ?」
「風の主さんなら、そう言えるかもしれないけど、人間は、ちがうんで」
「どう、ちがうの?」
リルは身を乗り出して質問したが、学生はリルが近寄ってきたぶん、身体を引いて、うつむき、みかんを口に入れてつぶやいた。
「いや、ちがうものは、ちがうんで」
リルも、みかんを食べた。
その学生の姿が、すっかり透明になって消え去るまで、リルは食べ続けた。
「結局、あの人の考えは変えられなかったね。刺さった何かが、深すぎたんだね」
「ねえ、リルは、自分が普通だと思うかい?」
「私? 何が普通かなんて、わからないし。私は、私でいるしかないし」
「そうだね」
リルはそのあと、テーブルの上に残ったみかんの皮の山を、いつまでもじっと見つめた。
もっと早く出会っていたら、なんて考えてもしかたないから、今日は、君のための、みかん記念日。
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